母のすべらない話
「くーちゃんちょっと聞いて、面白い話があるんだけど」
クツクツと楽しそうに語尾を震わせながら、母は私の部屋へと入ってきた。
翌日に早朝のバイトを控え、今まさに寝ようとしていた私の部屋に。
「くーちゃんもう寝ちゃった?」
なんせ明日は5時半起きだ。
ちなみに現在時刻は0時半過ぎ。
このまま寝たふりを決めてもよいが、楽しそうにこちらにやってきた母親を無下にも出来ない。
「何、どうしたの?」
観念して、こちらも楽しそうに返すと、母はより一層楽しそうに笑って「実は今日…」と話しだした。
ーーー実は今日、酒屋さんにお酒を取りに行こうと店を出たらさ、後ろから
「Excuse me?」
って声を掛けられて。
振り返ったら外国人の女性が"KATSURETSUTEI(勝烈亭)"ってローマ字でトンカツ屋さんの名前が書かれた紙を持って立ってたのよ。
(あ、道案内だな)
って気付いて、ちょうど通りを真っ直ぐ行けば目的地にたどり着くから
「ストレート!!」
って教えてあげたの。
あ、でもそれだけじゃ分かんないかなと思って、お店が通りの左側にあるってことを教えてあげようとしたのに、なっかなか"左"って英語が出てこないわけよ。
(左…えーっと、なんだっけ…左…)
で、悩んだ挙句咄嗟に出た言葉が
「サード!!」
だったの。心の中で思わずさ、
(野球かよぉっ!!)
ってツッコんじゃったよ。
けど、外国人の女性も
「…Left?」
って理解してくれたみたいで、よかったー!と思ってパッと目的地の方を見たらビルがあったから、とりあえず
「ビルディング!ビルディング!」
って教えておいた!いやー、やっぱさ、英語は勉強しておいた方がいいよ~。
ー終ー
さすが、母。なんかもう凄い。
個人的には、サードをLeftと理解できた外国人の女性にMVPを差し上げたいところだが、母の度胸というか天然というか、"さすが"としか言い様がない。
そんなこんなで途中から聞き耳を立てていた妹も含め爆笑をかっさらった母は、満足げにリビングへと帰って行ったのだった。
すべらんなぁ。
両親の結婚記念日にこんな話をアップする娘も、やはりこんな母の血を引いているのだろう。
あーあ、すべらんなぁ。