父
「パパはスパイかもしれないーーー…」
ある日、父宛に一通の封筒が届いた。
送り先は父が働いている会社からである。
一抹の不安を抱きつつ、「健康診断の結果かな?」と努めて明るい声色で母に手渡した。
"雇用保険失業給付の…"
はい、アウトー。
父は耐え性のない人間だった。
そこで冒頭の一言である。
「もしかしたらパパは一大プロジェクトを任されたスパイかもしれないよ?」
「ナイナイ。もう、どうするのかねー…」
私のしょうもない冗談に、母が文字通り頭を抱える。
これは離婚の危機か…?!
お金がなくても夫婦仲良く居てくれればそれでいい。笑えるくらいの理想論を真面目に掲げている私からすれば、家庭崩壊だけは命を賭けても避けたい案件である。
ともすれば、これしかあるまい…
ジャンジャンジャジャジャンジャンジャジャジャンジャンジャジャジャンジャンジャジャッ
ミッション○ンポッシブルの軽快な音楽とともに腹を地面につけ両手両足を背筋をつかって浮かせる…!
「トムクルーズも真っ青の硬さだね…」
よし。母の爆笑はいただいた。
母が翌日父に問いただせば、約3週間前に仕事を辞め、現在は某お弁当屋さんで働いているらしい。
これが一人っ子の家庭なら全然問題なーい♪なのかもしれないが、我が家は7人家族。父には5人の(かわいい)娘がいる。
「大丈夫。なんとかなるって!」と母を慰めたところで、その言葉も宙に浮いて儚く消え去るのだ。
しかし、母は強かった。
数分後には大学生の妹と、小学生の妹の"お受験話"に花を咲かせ、高校生の妹の行く末をあーだこーだと案じていた。
私にとって父親は1人しかいないので、オンリーワンの父をフォローするために話に首を突っ込めば、
「あ、もうその話は終わって違う話になってるから」
とあっさり言われてしまった。
悩みの種が尽きないことがここで功を奏すとは…
母の性格上あまりうじうじ悩むタイプではないのが救いだった。
ちなみに父は結構引きずるタイプ。
どっちが大黒柱かなんて一目瞭然だろう。
父が家族に内緒で職を変えることは今回が初めてではないため、私はさほど精神的ダメージを受けてはいない。
起こってしまったことは仕方がない。反省している暇があるなら今後どうするかを考える方が得策ではないか。
というのが私の持論である。
母に似て本当によかった。
とは言っても、生活するためにはお金が必要なわけで。
収入がなければ生活費を捻出することもできない。
ましてやこの大所帯、母が頭を抱えるのも無理はないだろう。
「いいんだよ。屋根のある家で家族仲良く暮らしていければ」
「なんだかんだ今まで上手くやってきたんだから大丈夫だって。」
母にいの一番に掛けた言葉達。
無責任な慰めに聞こえるかもしれないが、私は至って真面目である。(しかしこれを他人に言われたら私は絶対に怒る)
母もきっと相当父に愛想を尽かしているだろうが、(大半は母の我慢と努力のおかげで)家族の仲は決して悪いわけではないし、全員揃って食卓を囲めば常に笑いが絶えない。
そう、とてもいい家族だと思う。
どんなに幸せな家族でも、完璧な所はないわけで。
その"完璧ではない所"が、我が家では父の耐え性のなさに集中してしまっただけなのだ。
…結構な大ダメージなのだけれども。
ここまで書くと父がとんでもない人間に思えてくるだろう。
あまり否定はできないが、父は"いい奴"である。
まず、家族を愛してくれている。
これはすごく重要。
「家族を愛しているならもっと真面目に仕事をするだろう」
ごもっともである。しかしきっと、父からすればそれはそれ、これはこれなのだろう。
あと、優しい人間である。
私は早朝にコンビニのバイトをしているのだが、夜は夜で飲食店のバイトをしており朝起きれずに遅刻してしまうことも多々あった。
"くーちゃん、お店の人に怒られなかった?前日に言ってくれれば、パパが早く起きて起こしてあげるからね。"
これはある日父から来たLINEである。
その時「あぁ、この人の娘でよかった」と思ったことがある。
普段はスタンプを連打してくる少しうっとうしい父も、こうやって常々娘のことを心配してくれているのだ。
親の愛とはとても偉大である。
また、運動会の日の朝、毎回母と2人キッチンに並んでお弁当を作ってくれていたこともあった。
その光景が私はたまらなく好きだった。
おかげで、私もいつか家庭を持った時、旦那となる人と子どものためにお弁当を作ってあげたいという願望を持っている。
ただ、父のような人を旦那にしたいとは思わない(父と父を旦那にした母に土下座)
他にも父の好きな所、良いところはたくさんあって挙げるときりが無いが、今この時点では思い浮かばないので割愛させてもらう。(あくまで"今"思い浮かばないだけで、決して無いわけではない)
色々と書き連ねたが、母の胸の内も父が何を考えているのかも私が全てを把握するのは難しい。
けれども、家族全員が健康で楽しくやってくれればそれでいいと思っているし、苦労も逆境もネタに変えて笑い飛ばせるうちは幸せなんだと強く感じる。
だから私はこの"笑い事では済まされない事件"を笑い飛ばしてネタにして綴るのだ。
我が家に光あれ。そして幸あれ。
あーあ、親父がトムクルーズだったらなぁ。